続テルマエ・ロマエ 公式サイト

温泉リポーター時代

  • ヤマザキマリ・ブログ

「テルマエ・ロマエ」がヒットしてからヤマザキマリはよくテレビにも出るようになった、と言われることがありますが、実は今から30年近く前、私はテレビで食と温泉のリポーターを生業として生きておりました。

子供が産まれたことを機にいったん油絵の勉強をやめ、11年もの間留学していたイタリアから母の暮らす北海道へ移り、いくつかの大学でイタリア語の講師をしながら、再び日本を離れるまでの4年か5年ほどの期間だったと思います。

昼間のワイド番組でしたが、この時に北海道と東北県内にある数えきれないくらいの温泉に入ってきた経験が、10年以上の月を経て漫画に生かされることになるというわけです。

取材から戻ってその足で保育園に子供を迎えに行き、翌日は大学。そんなルーティンで毎日を過ごしておりましたが、ある日イタリア語の授業でテスト用紙を集めた時に、「家でテレビを見ていたら、先生が風呂に入っていました」などと小さく書かれていたこともありました。「昼間から主婦番組など見てないで、もっとイタリア語を頑張りましょう」と添えて戻しましたが、何はともあれ、この温泉めぐりのおかげで11年の風呂無し暮らしで蓄積していた温泉枯渇の辛さも払拭することもできたのでした。

ニセコ 鯉川温泉(1998年ごろ)

食のレポーターもしておりました